OICYがこれまでに培って来た飲食事業におけるノウハウを生かし展開する事業をご紹介します。

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対談 山川×兼子

飲食業会に入ったきかっかけ、独立のきっかけ

山川さんは、どうして飲食業界に入ったの?きっかけは?
僕はもともと、スポーツクラブのインストラクターになりたくて長崎から大阪に出てきたんです。けれど、そのとき10年後の自分の姿がイメージできなくて、スポーツクラブは2年で退職したんです。その後、友達と訪問販売の会社を立ち上げたんですけど、心から良いと思っていないものを売ることはなかなか上手くいかなくて…。1年で解散したんですよ。
あ、一度会社を立ち上げてたんだ?

はい。その後、たまたま当時会った先輩から、「居抜きの居酒屋があるから一緒に手伝ってくれないか?」誘われたんです。それが23歳のとき。僕が初めて飲食業に携わった経験ですね。

そもそもがインストラクターというサービス業を目指していたので、やっぱり人を喜ばすことが好きなんですよ。そこに入って、水を得た魚のようになって。「あ、やっぱり自分はサービス業が好きなんだ、人に楽しんでもらう仕事が好きなんだな。」ってことに気付いたんです。 社長はどうなんですか?

うん。僕は小さい時から、家族で外食をすることがよくあって。幼い頃の僕がいつも楽しみにしていたのが、ホットケーキとミックスジュース。外出するときには、近所にホットケーキ屋さんがないかどうか、ミックスジュースがあるところはどこか、毎回両親が探してくれていたんですよ。

あと、ざるそばも大好物で、おそば屋さんによく連れていってもらったし、家族旅行に行けば、かにやふぐを食べさせてもらってました。「旅行に行く」というよりも「美味しいものを食べに行く」っていう感じですね。高校生のときには、部活帰りにみんなで喫茶店に寄って、エスプレッソを飲んだり、チョコレートパフェや当時流行っていたティラミスを食べたり。

そういう美味しいものを食べるのが、昔から大好きだったんですね。

そうそう。高校の卒業前に、初めて探したアルバイトも、もちろん自分の好きな「食」のことで。まだお酒は飲めなかったけど、カクテル作りにも興味があったし、料理もしたりしてたので、そこも学べるなと。あとはサービスも。お客様にどうすれば喜んでもらえるか、っていうところにすごく興味があった。

だから「よし、飲食業にしよう」と。まずは、とりあえずそんな単純な気持ちで飲食の世界へ。

好きだったし、「食」への好奇心もすごくあったと。

うん。この道でやっていくとかは一切考えないで、とりあえずアルバイトとして飲食店に入ったんだけど、そこで皆さんがすごく親切に、大切にしてくれたんですよ。興味あることが学べて、好きなことがたくさんあって、おいしいまかないも、お給料ももらえる。「こんないい仕事ないな!」って。「僕にとってまさに天職だな」って思って。
大学では英語を学んでいて、国際的で英語が活かせる会社へと思ってたんですけど、「でも飲食業だって、将来自分が事業を展開して海外にもお店を出したら、必然的に英語を使うことになる。それに飲食業でも英語を活かしていくことは、いくらでもできる。だったら飲食業をやりたいな」と。ただ、どこかの飲食の企業に入る、ということはそこでは考えていなくて。アルバイトで働いている中で、正直…単純に、簡単にできるな、って。お金があって、少し知識があって、あとは自分のやりたい気持ちさえあれば簡単にできるな、って。

で、20歳のときに大学を中退して、「3年1000万計画」を立てて。ひとり暮らしをしながら、36ヶ月×30万円で1080万貯まる計算でシンプルに毎月30万円ずつ貯めようと。スポーツで鍛えていて体力には自信があったんで、お昼はとび職、夜はクラブのボーイをして、お金を貯めて独立しようと思ったんですよ。

なるほど、それが独立のきっかけなんですね。

そうですね。まぁ、やっぱり食べることが好きなんですよ。ほんとうにそれがきっかけですね。山川さんは、そもそも飲食でなくても良かったの?

いや…学生のころから早く自分のビジネスをしたいなっていうのはありました。自分の親父が大工で自営業だった影響もあったのかな。やり方は全然わからなかったんですけど、そういう気持ちだけはずっとあったんですよね。だから、経営ができるようなチャンスがあれば、とりあえず何でもやってたんですけど、なかなか最初はうまくいかなかった。で、先ほどの居抜きの居酒屋を手伝うようになって。潰れかけの居酒屋だったんですけど、僕らがやることによって、18坪で200万円くらいしか売れていなかった居酒屋が、半年後には500万円くらい売る店に変わったんですよ。そのときに実践したのが「100%接客」っていう、すべてのお客様にしゃべりかけて接客するということで、自己紹介したり、どんどん接客してリピーターを増やしていくという方法。僕らはそこで23歳から27歳まで店長をさせてもらったんです。その後、そのオーナーが次に別のITビジネスをしたいということになり、僕たちは僕たちで飲食で独立をしたいということで、2000万円で譲ってもらったんですよね、その店を。60回払いで。それが僕の独立のきっかけですね。27歳のときでした。

お互いのいいところ、悪いところについて

兼子社長のいいところ…。僕の持っていないこと、できないこと、不得意としているところを、ほぼほぼできる人だなと思ってます。なんかその…僕、ビジネスにおいて必要な交渉ごととか、ファイナンス関係とか、案外苦手なんですよね。だから、そういう経営者として尊敬できることが多いかな。僕はどうしても、人寄り、マネジメント寄りになってしまうので、逆にそういうパートナーがいないと自分のいいところを発揮できない。だから僕はすごく勉強になるし、一番やりたいことを実現していくためには、やっぱり必要なパートナーだなと思います。 悪いところは、夢中になりすぎることじゃない?「これ!」と思ったことに関して夢中になりすぎて体を壊したり、やりすぎる傾向があるので。それもすごいことだなと思うけど、そこは逆にやっぱりパートナーとして、ナビゲートできればなと思っています。
ありがとうございます。いろいろと。
はい…。ま、悪いところはあんまり見当たらないかな?
山川さんのいいところは、やっぱりお互いさまだけど僕の持っていないものを持っている、僕の不得意とすることを彼は得意としているというところ。具体的には人事面での、人寄りな部分、心理学的な「人がどうしたらこっちを振り向いて興味を持つか」とか、チームマネジメントとかチームビルディングというところで、なんかこう「えいやっ」というトップダウンではなくて、下からこうチームをぐわっと盛り上げていくような。
ボトムアップ型だよね。
「みんなでやっていこう!」という感じに導くのがすごくうまい。僕にはそういうところがないので、どちらかというと言い方悪いけど「できない人間だったら、できる人間を採用したほうが早いわ」っていうタイプの人間だから…(笑)
(笑)
ドライな部分は正直ある。だけど飲食の世界って、大企業に行けない人たちが集まってることもあると思うし、そういう人たちの価値をどういう風にして一緒に高めていけるか、というものだと思うので、そういったところに気付かせてもらえたなと思って。そういう、人の気持ちになって物事を考えて、できない人でもできるようにするための技術なのか…彼の持っている能力がすごく秀でてて。そういうパートナーがいることは僕にとってとても心強いし、そんな彼と、今もこれからも、一緒にやっていきたいなと。
あとは、方向性。得意としている部分はお互いにあり、今まで飲食業の中で苦楽を互いに過ごし、その上で良いところは良い、悪いところは悪いと共感しながら、飲食業で成功できる方法を各々が分かっている。そして飲食業としてどういう風なことをしていくことが一つの成功といえるのか、ということの考え方がすごく近い。なので、同じ夢を共に見れる相方としては最高のパートナーだと思うんだよね。それが自分にとってすごくいいところかな。
あと、疲れない。ずっと一緒にいても疲れないというところは大きいかな。二人で一日中いても、あまりストレスにならないし、やっぱり好きなものが似てるのかな。
うん、うん。
好きなものが似てるからこそ、やっぱりこう、店づくりにおいても、お互いに描くポイントがあまりずれないよね。
そうそう。

それが大きいですよね。まぁ、男と女だったら付き合ってるんじゃない?(笑)もちろん俺が女役だと思うけど。(笑)

お父さん役、お母さん役って感じだね。ビジネスにおいても社長がお父さん、って感じ。会社って大事なのが「一人称であること」で。そもそも僕らは二人でやってるというものの、代表が何を考えているか?っていうのを…、まぁ家族も一緒だと思うけど、どういうふうな家庭を作りたいかっていうことを、理解して作っていくって感じだと思うし。そこをお母さんがフォローして、初めてバランスが取れると思ってます。だから、そこはやっぱり、社長のお父さん的な部分、それをどういう方向にコンセンサスをとりながら向けていくのかっていうのが僕の役割だと思うし、自分が一番やりやすいことでもある。同じ歩幅で歩めるパートナーかなと思う。
うん。

独立してから今までにぶつかった大きな壁・資金繰りについて

ほぼ壁だけどね。結局、人とお金の問題がずっと付きまとうじゃないですか。

そうそう…。
やっぱり飲食業って、すごく参入障壁が低くて、変な話、誰でもお金があったらできるビジネスなんだけど、結局出口が全くなくて。始めて2~3年はいいかもしれないけど、だんだん店が飽きられて、そうなるとお客様から必要とされなくなって、売上げも上がらなくて。スタッフに給料もあげられくなって、人が辞めて店が潰れていく。そして残るのは借金だけ、みたいな感じになる。
僕自身はそういった意味では、人の入れ替わりの部分とかで、どうしてもついてこさせることができなかったというところは、大きな壁でした。常日頃から、今も繰り返される部分だし。あとは、出店に至っては費用がそれなりにかかるので、なかなか一筋縄にはできない。特に大きな壁にぶち当たったのは、スイーツの事業をやっていたときのこと。すごく良いときにはトレンドの波にしっかり乗れて、ぐっーと会社が成長していった時期があったんですけど、結局それはトレンドの部分が非常に大きくて、トレンドが過ぎ去ると店の需要が減ってしまい、急激に売上げが下がってしまった。それでもやっぱり会社は経営していかなければいけないし、働いてくれている社員達にはいろんな無理難題を申し付けたり、リストラをしてしまったりとか…。最終的には、そのスイーツの会社ごと売却をせざるを得ないという状況になりました。働いている人たちを幸せにするために、僕の経営能力よりも、もっともっとキャッシュが潤沢にあり、経営能力のある会社さんにバトンタッチするのが、会社をやっていくなかで一番いいんじゃないかな、という思いで会社を経営譲渡した…というのが、自分の中で一番大きな壁でもあり、大きな経験でもありました。

僕は…あれですね。やっぱり、震災。そういうことが起こるという想像もしていないので…。オフィス街での店舗展開のほうが多かったので、ああいうことがあるともう、お客さんがゼロになる。そこから、こんなに資金繰りが悪化するんだ、ということを体験したので。飲食店の恐さっていうのは、お客様が外的要因でも来なくなる可能性があるので、そこまでイメージしていろんなチャレンジをしていかないといけない大変な事業だな、と。僕も、いろんな経営の勉強をせずにすぐ独立をしたので。飲食業って、資金繰りも人のことも店舗づくりも、初めてのことばっかりをやるわけじゃないですか。だからOICYの今後は、社長とも常々話をしてますけど、仲間たちにしっかり、僕らが失敗してきたっていうか、気付かなかった部分を今のうちにたくさん学んでもらって、なるべくリスクの少ない、失敗の可能性の少ない状態をまず作ってもらう中で独立をしてもらうような仕組みを、どうやったら作れるかな、っていうことを考えてる。僕らはそれをお互い経験してきているので、その学ぶチャンスを与えるような、チームを作れるかなと。会社にぶらさがるような社員は必要なくて、「独立したい」とか「チャレンジしたい」とかいう人ばかりを集めていきたいし。ただやっぱり、その“気合いと根性”だけでは乗り越えられない経営の壁というのも早めに伝えていきながら、仲間にとって「自分の自己実現」と「会社の成功」というのが常にリンクしている状態を作っていきたいな…というのが、いつも二人で思っていること、っていうのはありますよね。

OICYをはじめる経緯

お互い共通の知り合いの飲食プロデューサーの先輩がいて、その方が引き合わせてくれたんだよね。で、紹介してもらってからも、何回か共通の知人を通じてまた会ったりする機会が多くなってきて、そんな中で互いの価値観であったり、互いのスキル・能力であったりとか、そういったことを知り合うことになって。で、二人で話をしていく中で、互いのやりたいことっていうのが同じ方向であることが分かった。飲食事業で大成功させるっていうことを考えたときに、互いの向かう方向が非常に近しいな、っていうことに僕自身が気付いて、だったらもう一緒に組んでやろうよ、という話になったのが始める経緯かな。
そうですね。でも初めましての頃は、一緒にやることになるなんて思ってもみなかったよね。
全く思わなかったね。でも何度も考え方を共有していってね。
うん、いろんな深い話をしていくなかで。
飲食店ってこうやっぱり、奥が深く…。実際今までいっぱい、良いことも悪いことも経験してきているから。で、「やっぱり20坪くらいの店舗がいいよね」とか…。
ふふふ(笑)
「撤退リスクが少ないし、家賃も20万以下だったらなんとか利益出せるし、1~2人で、少ない人数でやれるビジネスがいいよね」とかっていう話をしたりとか。あとは飲食業をずっとやってきたから、その経験を活かして、飲食業者に対するサービスの提供をやっていきたいなっていうことも思っていて、「じゃあ飲食事業主が困っていることってどういうことなの?」ってなったときに、その点もお互いに分かっていて、そういうことをソリューションできるようなビジネスをしていきたいな、って。誰も簡単にはできない、かつ新しいイノベーションを起こせるようなことを我々の手でやっていきたいなと。あと、やっぱり飲食店を作ること自体がすごく好きなので、飲食店のブランドをたくさん作っていって、日本中、いや世界中の人たちが知っているようなナショナルブランドを一緒に作っていきたいよね、というような話も。そんなことを実現しようと思ったら、このパートナーと一緒にやることが一番だなと思ったのかな。
やっぱりこう、1つのものを100店舗にしていくという能力と、例えば曲を作るのと同じように、新しいもの、お客様が求めるものとか、流行るものをブランドにして作っていく、という能力とはまた違うと思うので、我々としてはそういう「作り出す」という部分に特化をしていきたい。ブランド作りというかね、そういう事業をやっていきたいなと思いますね。
単純に言うと、大手ができないこと、飲食店の新しいブランドを開発していくっていうことを、我々が担っていきたいなと。そういう夢を実現するために、じゃあどうしていかないといけないの?そうなったときに、もちろん人のこと、人の教育。やっぱり飲食店ってマンパワービジネスで、いい人が働いている飲食店がいいお店だなって。まぁ、それは会社も一緒で。
うん、そうですね。
“何をするか”じゃなくて、“誰とするか”。食事も、おいしいものを一人で食べても全然おいしくなくて、やっぱり気の合う仲間、家族だったり、恋人だったりとか、そういう人と食べるから、おいしく食べられるものなのであって。仕事も一緒で、そういう仲間を作っていくことが、やっぱりOICYがこれから成長していく中で最も重要なことかなって思う。そういうことをしっかりとやっていかないといけないと思っています。

OICYの使命

使命というか、なんかOICYって新しい時代の会社のあり方というか、仕事の仕方というか…。社長も自分も、十何年も一人で事業をしてきたけども、やっぱりこう、自分一人の力って大したことないなって思っていて。それが爆発的になにかいいものを作り出すっていうよりは、チームを作っていかないといけないな、と考えていて、“何をするか”というより“誰とするか”、っていうのはすごい大事だなと感じます。これがもし15年前に社長に出会っていたとしても、やっぱり自分はやりたかったりするんじゃないですか。でも一通り経験をして、なんていうか、他社がおそらくできないことが、互いに尊重し合えるコンビだからこそできたりするって思うんで。ただ、あんまり僕がどうしたいか、っていうことはないんですよね。OICYに関しては。相手が何をしたいか、ということをお互いに考えながら進めていくことで、たぶん、他社ができない事業展開とか発想とか、その作る角度とかが全く違う目線で活きていくと思うので。それはすごい強みにはなってくるのかなとは思いますけどね。
はい。
我々がOICYとしての飲食事業を展開していく中で、「こんなおいしい食材があったのか」とか、例えば東京であれば、「他府県でこんな美味しい料理があるんだよ」っていうところを見つけてきては持ってきたりとか、もちろん国内でもそういったことをしていく。そして日本の「食」っていうのは、世界でも最もレベルの高いものだと思うので、その日本の“おいしいもの”を、我々が世界に持っていく。世界の人に伝えていくということ。ただ単に世界に伝えるだけじゃなくて、やはり、日本と世界の国交にも繋がるようなことが担えるような立ち位置でもいたいし、食を通じてこの先、OICYとしても社会貢献を絶対にしていかなければいけないなと、そういう風に思っているので、そう考えたときに、例えばダノンがやってるように、一人前1円でヨーグルトを作って貧困国に提供したりとか、食を通じてたくさんの飢えに苦しんでいる人たちを助けられるような何かが、先行き作りたいとすごく思ってて。
日本ってすごく裕福な生活をしていて。食べ残しがあって、ゴミを捨てるだけでもすごく費用がかかるというような国に僕らがいて、それが当たり前だと思ってるかもしれないけれど、実際、飢えに苦しんでいる人たちはいて。子供達が餓死していく国がたくさんある中で、我々は「食」っていう、衣食住の中の、人間が生きていくために必要なものの一つに関わっているので、その部分で社会貢献できるような、企業を目指していきたい。
本当に、そうですね。
だからそういう意味で「日本と世界を『食』で結ぶ」っていうのがOICYのコーポレートスローガンである。その食を通じて国交、世界がひとつになれるような…。
きっかけづくりですね。食べ物を美味しいと感じてもらうことって、本当に平和になりますもんね。そういうのってね。
そうそう。会社として、「食を通じて世界の人たちを幸せにする」っていうのは先行き自分のやっていきたいところでもあるんで。そういうことにも共感できるような仲間が集まってほしいなって思ってます。
スキル云々っていうより、パッションのある人たちに集まってほしいですよね。ハートのある人たちとともに組織を作っていかないと、なにか壁ができたときに、「俺、やーめた」みたいなチームにはもうしたくないので。いろんな壁も一緒に乗り越えられるような、ちゃんと心の繋がっている仲間たちとともに、しっかりした事業を成し遂げていきたいな、と思います。我々もその、年齢的にいっても、大きなビジネスチャンスを作っていくというのももう、OICYがたぶん、体力的にも…。
最後だね。
最後だと思うから、そのぐらい、やっぱり本気でやろうと思ってるし。
最後人生の有終の美を飾るのはこれかなって。

たぶん、プロデュースとか、新しい業態を作っていくっていうクリエイティブな仕事って、トレンド感とかが必要で。やっぱり、時代の波があったりするじゃない?今って、もう浮き沈みが激しいから。

一番脂がのっているときに作る会社…男としても、のっていく40代くらいで作る会社って、集大成なわけじゃないですか。今までいろんな経験をして、で、40代、50代でメインにやっていくところでいうと、本当に一番成功もすると思うし。
感覚的なもので、僕、根拠のあるビジネスって成功しないと思うんですね。直感であったり感覚であったりでするビジネスっていうのはすごく重要で、何の根拠もないけど、「これ、すごく喜んでもらえるんじゃないか」とか、「これやったら絶対人が集まってくるな」っていうことが、すごく重要かなって。そういうところの感覚が、今ちょうどいいタイミングなんじゃないかな。

そう…タイミングはすごくいいかもね。ビジネスっていうシーンで言うと、やっぱり20代は若い。若かったっていうのがあるし、30代は経験をする。で、やっぱり40代はそこから実をちゃんとつくって、みんなで収穫するという。たぶん人生の中でもそういうフェーズに入ってきているんじゃないかな。そのタイミングで、こういう風に、お互い巡りあえて、こんなチャレンジができるっていうことは、本当にありがたい。

…これね、もしこれでうまくいかなかったら、同じような仕事の仕方はもうしないと思うのよね。50歳になって…。これがベースで、本当に2人で「よっしゃ、ベースできた」って思ったときに、また次のビジネスがいろいろ作れていくと思うんだけど。土台にはなるよね、間違いなく。
なんかこう…最後の勝負っていう言い方は変かもしれないけれど。さっきも言ったように、飲食店ってやっぱりその、マイナスからのスタートだよね。たとえば1店舗2,000万円かかったとして、2,000万円って、出した瞬間にそれは2,000万円でなく-2,000万円になってしまうんだよね。だって、2,000万円かけても、それ2,000万円で買い取ってくれる人なんていないもんね。
はい。
その、ゼロっていうかマイナス…。お金を吐き出して、銀行からお金借りて、2,000万円というマイナスからスタートして、それを返していく、っていう作業から始まると考えると、これ、大勝負だよね。だって2,000万円っていったらもう、家だって買えるし。普通の人から考えると、一生に一度の一番大きい買い物をするっていうのと同じくらいの費用をこの一店舗にかけるというわけだからさ、リスクがすごくある。でもまぁその中で、山川さんと一緒に組んだら、いろいろなことを戦略的に考えたときに、こういう勝負をかけていくことっていうのを、一個一個クリアしていけるんじゃないかなって。まぁ絶対にクリアするし。
そうですね。

段階を経たフェーズでも、フェーズごとにベストアンサーを随時出していけるように。二人だったら絶対にできるかなって思うんでね。現状はいろんな経営戦略を立てる中で、手探りで、決めつけるのではなく、徐々に徐々にいろんな情報を得ながら、「よし、これやっていこう」というような形をつくっていこうかな、と。だから「三馬力」を今から一年前にやろうかっていう話になって、ずっと企画をして、やっと出店ができたっていうのも一つだし。「三馬力」もまさにこれから。開店してちょうど3ヶ月たって、軌道に乗せていくタイミングだと思うので、まずその軌道に乗せて、店舗展開していって、また次のブランドを作り出せるように、今動いているんでね。

山川さん、改めて、これからもよろしくお願いします。(笑)
はい、こちらこそよろしくお願いします。(笑)
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